お父の自転車

最近のお父は、年を取ってから、足が悪いと言って、自転車で移動することは少なくなりました。

しかし、お父は自転車が漕ぐスピードがめっちゃ速いです。

私が小学生のとき、私と弟とお父でよく自転車レースをしました。お父は、ぶっちぎりに速いです。

あっという間に500mくらい離され、すぐに姿が見えなくなります。

私はついていくのに必死。さらに遅れている弟は、離されすぎて、途中で止まって泣いていました。

結局、お父はずっと先のほうでひたすら、私たち兄弟が来るのを待っています。

あまりにも弟が来ないので、結局、お父は戻って弟をなぐさめに行くこともよくありました。

自転車で走り回った、お父の少年期の苦労

お父の小学校時代は、まだ戦後がまもないころで、日本中が貧しかったそうです。お父の家も貧しく、小学生でも、早朝に起きて、自転車で糸を運ぶ仕事をしてから学校に行っていたそうです。

そんなある時、お父のおばあちゃんが大病にかかり、治療費としての大金が必要となりました。その治療費は貧しいお父の家では用意することができなかったので、親戚中からお金を集めることになったそうです。

お父の父が、「お前は、まだ子どもだから、子どもからお願いすれば、お金を出してくれるだろう」と言われ、お父は親戚中を自転車で走り回ったそうです。

しかし、お父は1円も集めれませんでした。

何十件も、お父は自転車で、おばあちゃんの親戚の家を回りました。いくらお願いをしても、お金を渡してくれなかったそうです。お父は、「こんなにお願いをしても、誰も払ってくれない。貧しいってのは本当に不幸だ」と思ったそうです。

結局、お父のおばあちゃんは、しっかりとした治療を受けることもできず、長い闘病生活の末、亡くなってしまったそうです。

その後、お父は、中卒で料理人の道を選びました。料理人さえなれば、まず食事にはありつける。食べるものさえあれば、何とかなるだろうという考えでした。

その後、お父は料理人として45年以上の道を歩んできました。

お父の自転車での優しさ

お父は、少年時代の苦労もあり、自転車が漕ぐのが速く、私が、中学1年になってもお父の自転車には勝てませんでした。

ある時、私が、近くの駅まで自転車で行こうとすると、珍しく、お父が自転車で一緒について、送ってくれることになりました。相変わらず、お父は自転車が漕ぐのが速いので、私は小学生の時と同じように後から追いかけていきました。

駅に着くと、お父の姿はなく、私は近くの駐輪場に自転車を止めました。歩いて、また駅に向かうとお父の姿がありました。

お父にいってきますの声をかけようとしたとき、お父がそっと手を差し伸べてきました。手ににぎっていたのは、私が行く先までの切符でした。

お父は、先に切符を買っておいてくれたのです。いつも先に行ってしまうけど、いつも待っていてくれるお父。

切符まで買ってくれた優しさ。私は、このお父の優しさを一生忘れないでしょう。今も、時々うるさいお父ですが、感謝しています。

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